当事務所においても飲食店勤務の従業員から、残業代を請求したいというご相談をよく受けます。
残業代を請求するタイミングで多いのは、退職時に行う場合が多いです。
自主退職のみならず、解雇された場合に不当解雇を争うと共に、残業代を請求するケースがあります。
今回、飲食店で調理師して勤務していた方が懲戒解雇され、不当解雇を主張すると共に、未払い残業代及び慰謝料の支払いを求めた裁判例をご紹介します。
何点か争点が存在しますが、その中でも着目すべき点は、労働者が長時間労働により具体的な疾病を発症していないにもかかわらず、使用者に対し、安全配慮義務違反を理由に慰謝料として30万円の支払を認めている点です。
この点では、1つ参考になる判例です。時間外労働を適法に行うための法令の定めを遵守せず、毎月概ね80時間を越える長時間労働を放置し、労働者を危険な状態においた場合には、慰謝料が認められることを示す1つのケースです。
当事務所では、長時間労働が常態化している事案に対しては、未払賃金のみならず、慰謝料を請求しています。
以下に事案の概要及び判決の要旨をお伝えします。
(無洲事件 東京地裁 平成28.5.30判決)
1 事案の概要 飲食店経営等を行う被告会社(以下、「Y社」という。)において調理師として勤務しており、Y社から懲戒解雇された原告(以下、「X」という。)が、時間的に近接した先行シフトと後行シ フトを連続した「1日」の労働であるとして時間外勤務により発生した未払割増賃金、Xに対し月間80時間を超える時間外労働に従事させた点にY社の安全配慮義務違反による損害賠償及び違法な懲戒解雇にかかる不法行為に基づく損害賠償(慰謝料)を求めた裁判例。
2 判決の概要
・深夜0時をはさんで先行シフトと後行シフトが隣接していれば、連続勤務として判断され、連続勤務だとすると時間外勤務となり割増賃金が発生するため争点となったところ、1勤務が2つの暦日にまたがる場合であっても、①各シフトの間に4時間の中断があること、②当該中断時間が、労働から解放された時間であったと認められること、③仮眠設備の存在が、事業場に宿泊する義務の存在を意味するわけではないこと、④当該中断時間が深夜であり、自宅への公共交通機関がないというだけでは拘束時間であったとは認められないことを理由に、異なる暦日の勤務であったと判断した。
・使用者は、労働契約上の付随義務として業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等により労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意すべき安全配慮義務がある。
Y社においては、約1年余りの間、三六協定も締結せず、Xを毎月概ね80時間以上の時間外労働に従事させ、タイムカードの打刻打刻時刻から窺われるXの労働状況について上記義務を履行するための措置を講じたことを認めるに足りる主張立証はなかったため、Y社につき安全配慮義務違反の事実が認定され、XのY社に対する安全配慮義務違反を理由とする慰謝料相当分30万円の損害賠償請求が認められた。
・使用者が労働者を懲戒するためには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくのみならず、当該就業規則の内容を、その適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続きを採る必要があり、周知がされていない本件就業規則の定めに基づく本件懲戒解雇は、手続き規制に違反するため無効である。
・手続き規制違反による懲戒解雇の無効が、当然には不法行為を構成するとの結論を導かない。懲戒解雇の理由となったX自身の非違行為の存在が認められるため、不法行為が成立するほどの違法性はないと判断し、不法行為に基づく損害賠償請求は認められなかった。
3 実務上の留意点
労働者としては、違法に長時間の労働を放置している使用者に対しては、時間外労働部分の未払賃金のみならず、慰謝料の請求も検討すべきである。
使用者としては、時間外労働を三六協定等適法に行うことはもちろんのこと、時間外勤務を常態化させず、改善策を講じる必要がある。